2013年9月14日土曜日

なんも施んでん詮方無ぇ症候群

私が5年前、大阪で脳出血で倒れて、そのままにしておいたら間違いなく死んでしまっていたところを救ってくれた首藤幸一くんが、食道癌を煩い、手術の甲斐もなく5月25日夕刻に亡くなった。56歳だった。
2011.11.19 滝尾のコンサート後に撮影
24日と、25日の朝にも、入院先に会いに行ったが結局死んだ。

彼が、実質的経営者だった福祉法人でこのほどやっとwebの書き換え作業を終えた(差し替えアップは後任となった3人の経営責任者の最終確認待ち)。いろんなことをしようとすると首藤くんが一丁噛みしていて、都度、早く逝き過ぎたとことを思い、何もする気がなくなってしまう。

なんとか施にゃならんのはわかっているが、わたしの場合は5年前に死んでいても全然おかしくないわけで、もう何もする気がなくなる。なんとか施にゃならんのはわかっているので、携帯着信時に出てきていた彼の写真をここに掲載してひと区切りにしたい。






2013年4月13日土曜日

先天性耳漏孔(じろうこう)-3

腫れの痛みが朝になって激しくなった。また点滴してもらえばもう少し痛みが和らぐかも。リハビリを早めに切り上げて点滴してもらいに耳鼻科に行ったら、耳の腫れ具合を見るなり医者が「針を刺して膿を出してみましょう」と麻酔注射の準備を始めた。

確かに点滴だけで痛みを誤魔化せたとしても、日曜日にはまたたぶん痛くなるだろうし、月曜の朝まで激痛が続くだろう事は想像に難くなかったので、ここで膿を出すのは良いだろうと思い、痛いのを我慢して麻酔を受け、膿を出すという治療を了解した。

「膿が結構難くなっているなぁ。ちょっと切りますよぉ」とか「ちょっと針射し込みますからねぇ」、とか「膿が粘っこくなってるから吸いがつまるなぁ、ちょっと押さえて絞りますよぉ」とか耳元で聞かされながら、10分弱ぐらい泣きたくなるほどの痛みが続いた。

膿のバキュームを終えてから、点滴をすることに。約20分経って1本目が終わる頃に2本目を準備しているのに気がつき「今日は2本ですか?」と聞くと、「えっ、昨日も2本でしたよ。最初の日は1本でしたけど」と言われて、昨日の夜まで長く痛みが治まっていた理由がわかった。要は内服薬より抗生物質の点滴が一番効いていたに違いない。

点滴を終えた後、膿を絞り出したせいもあって痛みがスッカリ和らいでいた。23時の時点で痛みはあまりない。これなら日曜日はなんとか持ちそう、最悪月曜日の切除手術まで我慢できそうな気がしてきた。

2013年4月12日金曜日

先天性耳漏孔(じろうこう)-2

おとつい抗生物質と痛み止めをもらっていた先天性耳漏管の炎症が治まらない。耳たぶがパンパンに腫れて痛みがぶり返してきたので、「ひょっとしたら手術で耳漏管を切り取ることになるかもしれへん」と覚悟を決めて、また耳鼻科に受診にでかけた。

「点滴直後は痛さが緩解したので、また点滴をして、処方薬は強いのに変えてほしい」と告げたが、腫れ具合を見るなり「ちゃんと手術できる所を紹介しますから行ってみてください」「大分で手術できる所は医大と県立だけです」「まぁ医大の先生が県立にも顔を出しているんですけど」と言われた。

まぁ半分手術になるかもと覚悟していたので「じゃあ紹介状をお願いします」と依頼したが、、、、ここからが急展開。

「医大の新患受け付けは10時かな? もう終わっているので県病ですね。こっちは確か11時まで受け付けのはずなので」とかなんとかいって電話を始め、「紹介状を書いている間に点滴だけしておきましょう」と別室で点滴を受けることに。

点滴が終わり、「結局手術かぁ」と諦めて再度面談に戻ったら、「(医大の)先生に難しい手術が入っているので月曜日までダメです。処方薬を強いのに変えて様子を見ましょう。点滴は効果があったと言うことなので明日も点滴を受けに来てください。紹介状は書いておきますので月曜日に痛かったら県病に行ってください」と言われた。

まぁ、当初の第一希望通りになったので文句は言えないが、今回の耳鼻科の診療処方の進め方では信頼は与えられない、と感じた。ホントに大分で先天性耳漏孔(管)を切り取る手術ができるのは医大の先生ひとりしかいないのかしら?

いまのところ新しい薬が効いていて、患部は腫れているけど痛みは我慢できる。




2013年4月11日木曜日

先天性耳漏孔(じろうこう)

きのう左耳が我慢できないくらいとっても痛くなって、すっげぇ腫れてきたので、行きたくなかったけど耳鼻科に診察受診に出かけた。るってぇと「先天性耳漏孔という100人に2-3人ぐらいの人がなる遺伝性がある先天性の異常組織です。その耳漏管が炎症をおこしているので痛いのでしょう」とあっさり言われた。

いままで耳のそばに穴があって、ときどき痛くなり白っぽい膿のようなものが出てきたら痛みが収まる、ということがあったのは自覚していたが、ふだんはなんともなかったので放っておいた。

それがセンテンセイなんたらとかゆうちゃんと名前の付いた珍しい病気とは思ってなかった。この歳になって珍しいビョウキを前々から持っていたと教えられるとは思わなかったのでちょっとビックリ。

「何にも用を成していない穴(管)を手術でとったら、炎症を起こすことはないのですが、完全に取る事ができなくて再発することもあるので、炎症が治まるようならそのままにしておくのが良いかもしれません」と言われ、とりあえず炎症を抑える抗生液100ccの点滴と処方薬(抗生剤と鎮痛剤)をもらって帰った。

きょうまだ痛い。